桜が咲くころを過ぎ、やっとすこし仕事に慣れてきた。

働くって本当に大変だ。

仕事を終え、着替えてから、学校に向かう。

家に帰ってから、また勉強。こんなに勉強好きだったかなって思うくらい。

お兄ちゃんと心さんは、前の学校が進学校だったこともあってか、勉強を毎日みてくれる。

上の兄弟がいるっていいなって思うたび、アキのことを思い出す。

チクンと胸が痛むけど、アキの分も生きるんだってまた思いなおすキッカケになる。

お兄ちゃんは時々、実家に戻ってママの様子を見てきてくれる。

「なんかすっかり落ち着いた感じあるけどな」

っていうのが、毎回の口癖。

あたしはその言葉を鵜呑みに出来ずに、愛想笑いを返してる。

あの頃使ってた携帯も使ってないし、前に住んでいた部屋にも行ってない。

本当にあたしがいなくなったって思って、ママは幸せだなって感じているのかもしれないよね。

(あたし、生きてるんだけどな)

ママにとって不本意な現状。

だけどあたしにとっては、本意な現状だ。もう、譲りたくない。

ほんのちょっとのわがままを許してほしくなる。

普通に笑って普通に食べて、ただ生きていきたいって。

 夏の始まり。本当は休みだったのに、今日は主任さんに頼まれて出ることになった。

急いで着替えて、バッグに持ち物を慌ててつっこんで出かけた。

まだ夏の始まりなのに、思ったより暑い。

今日はお兄ちゃんは、伊東さんと一緒に法事。前のお母さんとお兄さんの命日。

交通事故で亡くなったっていうのは、お兄ちゃんがまだ十二歳の時。

その時の話はいつかって言ったまま、話してもらえていない。

二人の悲しみの記念の日が今日。

「本当に気をつけて行けよ」

玄関先で互いに別れ、あたしはバス停に向かう。

「本当に暑っ」

バスに乗りながら、バッグに入れてきた湯ざましを一口。

まだあの頃の癖が抜けなくて、贅沢が出来ない。湯ざましは常に作る。

「頑張って早く終わらせて、今日は部屋の掃除しようっと」

バスに揺られ、心地いい充足感に自然と顔をほころばせながら仕事に向かったあたし。

その帰り道に、大人のずるさを知る出来事が待ってるなんて思わなかった。

一番痛さを感じるタイミングを大人は知ってるって、切なくなる。

そんな出来事が……。