「入学式終わったら、会社に挨拶に行くんだったか」
「うん。主任さんがおいでって」
今日は明日から仕事だから、挨拶がてら行くことになってる。
「食事の時間までは帰るから」
「おう。みんなで飯食いに行こうな」
「楽しみね」
普通の会話。これが最近は当たり前で、ついこのあいだまでなかったもの。
「ん?どうかしたか」
思わず二人の姿にぼんやり見入ってたようで、お兄ちゃんが不思議そうにあたしを見る。
「んーん」
首を振って、「早く行こうよ」と先頭を歩く。
このわずかな期間で、いろんな普通を思い出した。
「変な子ね、マナって」
クスクス笑う心さんに、へへと笑って返す。
空を仰ぎ、揺れる枝を見て呟いた。
「桜、まだ咲かないね」って。
「そうね、今年は寒いもの」
「早く咲かないかな」
はぁっと息を吐くと、うっすら息が白い。
「なんかまだ春じゃないみたい」
手をこすり合わせながら歩く、学校までの道。
行けないと思ってた高校。仕事も見つかった。仕事が見つかった時、思った。
もしかしたら、ママの大変さを理解できるかななんて。
引っ越して学校も変えて、受験して。
ママはずっとその間、あたしに関わることはなかった。
でも伊東さんにママが聞いてきたこともないらしい。
「聞いてこないものを、逆に聞くのも疑われそうでね」
そういって、伊東さんから話を振ることはないと言ってた。
ママはあたしがあのままどうになかったって思ってるとか?
そうじゃなきゃ、あんなことしてきたんだもん。きっと捜すよね。
「……はぁ」
晴れの門出の日。あたしは、大きく息を吐きながら校門をくぐった。
教科書を受け取り、その重みで本当に入学したんだって実感した。
伊東さんが泣いてたのが、嬉しくて恥ずかしくて。思わず笑顔になった。

