すこしずつ、ゆっくりとでも誰かに自分を知ってもらう。

そんなこと考えたことすらなかった。必要がないと思ってた。

「そっか。やっぱ女の子だな、お前」

「やっぱりって」

二人でずっと話をしてた。

最初はどこか警戒してた、お兄ちゃんも男の子だしという気持ちは薄れてた。

伊東さんはママのことがあるからと、家に帰った。

明日にでも冷蔵庫に食材を買いなさいって、お金を置いて行ってくれた。

帰る頃には素直に言えたありがとう。それと、おやすみなさい。

普通の挨拶がこんなにも新鮮に感じられたことはなかった。

「あまり買ってもらったことなくて」

そう。甘い物の話。

明日の買い出しで、ひとつだけ好きなものを買っていいという話。

散々悩んだ挙句、お菓子がいいといったあたし。

「じゃ俺も、なんかお菓子にすっかな」

他愛ない話。今日初めて会った男の子と二人きりなのに、怖くない。楽しい。

今日だけ、あたしのベッドの横にお兄ちゃんが布団を敷いた。

ずっと昔から知っていたよう。

あんなによくしてくれた伊東さんより早く、お兄ちゃんと呼べた。

年が近いから?

うーん……なんだろう。わかんない。自分の感情なのにね。

「今度でいいから、お兄ちゃんの話も聞きたい」

自分を知ってもらって、嬉しくて。

今までの自分を認めてもらえたのが幸せで。

あたしは調子に乗ってしまった。

でも、そう思うのって当たり前といえば当たり前のような。

「俺の話か?つっまんねぇぞ」

そのお兄ちゃんの言葉に、逆にドキドキしてた。

「ううん、いい。つまんなくてもお兄ちゃんの話が聞きたい」

もう一度いうと、お兄ちゃんは大きく息を吐いてから呟く。

「今度、な」

って。

あたしも今度って言ったからいいんだけど、どこか哀しげで。

「いつか、な」

念押しをしてるのか、言い聞かせてるのか。

どっちとも取れる繰り返しの言葉に、胸の奥がざわざわしだした。