「おそば、ハンバーグ。んー、迷うなぁ」
「だったらいっそのこと、バイキングとかに行きゃあいいじゃん」
「あー」
二人の会話を聞いてたら、なんでだろ。また涙が滲んできて、勝手に体が動いてた。
「お父さ……ん」
伊東さんの首に腕を回し、ギュッと抱きついた。
涙があたしと伊東さんの服を一緒に濡らしていく。
「……うん。一緒にご飯食べに行こうね。まずはそれからだよ」
「ごめ、な……さ」
声が出ない。言葉にならない。切ない。苦しいよ。
「うん、いいよ」
優しい声が胸に入り込む。温かくて、安心できる声。
「オヤジ、カギよこせよ」
その言葉に、伊東さんの鎖骨あたりにくっつけてた顔を上げる。
「息子だよ。マナちゃんのお兄ちゃん」
「え」
一階に下り、暗がりに走ってく人影が叫んだ。
「カギ開けたぞ」
「あの人が、あたしの」
「そう、お兄ちゃん。マナちゃんは妹になったんだよ」
ジャリジャリと石を鳴らしながら、車へと近づく。
後部座席に、そっとあたしを下ろしてくれる。
「いっぱい食べて、痩せちゃった分、取り戻そうね」
頭を優しく撫でられて、どんな顔をしていいのかわからない。
暗くてよかったって思った。
暗い道を抜け、しばらく走ると光が一気に視界に入りこむ。
さっき非常階段からみた景色の中に、今いるんだって気づく。
流れていく車の川。
人がたくさん歩いてる。
途中にママの勤務先の店が見えて、顔を伏せる。
(もうあの生活に戻りたくない。でもどうしたらいいのかなんて)
先の見えない不安が頭を支配していく。
と同時に思ったのは「独りは嫌だ」ということ。
ゆっくりと車が停まる。
「さぁ、着いたよ」
窓からのぞくと、光が溢れだす店が見える。
中にはたくさんの人。
緊張して、唾を飲み込む。
(本当のいいのかな、一緒に行っても)
それと、自分とは違って楽しそうな雰囲気の場所なのも緊張の原因だった。

