「そんなこと出来ないよ」

伊東さんはそういったかと思うと、フワリと絵本で見たことがある抱き方で抱きあげた。

「え?え?」

あんなの絵本の中だけだって思ってたのやら、優しさに戸惑うばかり。

「あの、ちょっと……その、下ろして」

至近距離に伊東さんの顔。

身を捩ると、伊東さんの腕に力がこもったのがわかる。

「危ないよ?もうすぐ階段だし、動いたら落ちちゃうけど」

その言葉に体が固まった。

「マナちゃんは優しいね。僕が一緒に落ちちゃうって思ってくれたのかな?」

そういいながら、本当にあたしを抱きかかえながら階段を下りていく。

何段もある、長い階段を。

後ろからさっきの男の子が付いてきている。

二つの足音が階段に響いてる。とても静かだ。

その静寂を、男の子が破った。

「あー、腹減った」って。

「それじゃ何か食べに行くか」

「外食?うっわー、ラッキー。何食おう、俺」

楽しげな会話にどんな顔をしていいのかわからずに、視線を落とす。

「マナちゃんは、何か食べたいものあるかい?」

不意に聞かれたものの、食べたい物を聞かれたなんて初めて。

ママはとにかく出したものを食べなさいだったし。

それ以前に、

「あたしは……いいです」

一緒に食べていい立場って気がしなかった。そう感じた二人の空気感。

「いいです、じゃないよ。美味しいものは、みんなで食べた方が楽しいんだから。わかったかな?」

きっとね、遠い昔だったらそれが当たり前だって知ってた。

パパがいてママがいて、あたしとアキがいて。

どんな食事だって、みんながいるというだけで笑顔になれた。

あの頃の食事は特別だった。

最近の自分の食事風景を思えば、尚のこと。

そんな当たり前は、あたしには二度と訪れないと諦めてたから。