ママが簡単に切ってしまう、限界まで来ていたあたしの緊張の糸。
糸が切れてしまえば、後は崩れていくだけ。
ゆっくり歩きながら、周りを横目で見る。
誰かの視界に入ってるって気がしない。
一人だ。あたしは、独りなんだ。
やっとたどり着いた場所の階段を上がってく。
薄暗い階段。コンクリートに足音が響く。
古いマンションの階段は、まるで絞首刑の刑を執行するその場への階段みたい。
一歩上がると、コツンと鳴る靴音。ドキンと心臓も同時に大きく脈打つ。
「楽になれる、よね」
言い聞かせてるみたい。苦笑いしちゃう。
時間をかけて上った先、屋上の階段へのドアは閉まってた。
非常階段へのドアが開いている。
「重たい……」
ドアを開けると、絶句した。
目の前に見える景色。ゆっくりと夜へと変化していこうとする街の景色。
点在する明かり。生活の色だ。
今までこんなこと思ったりしなかった。
「キレイだ」
それ以上の言葉が出てこない。
ため息が出るほどキレイだ。
しばらく魅入ってしまう。どれほどの時間が経ったのか、放心してた自分に気づく。
「最後にいいこと、あった……な、ぁ」
また涙が溢れる。泣きじゃくりながら思った。
我慢して小さくなって、いいことなんかなかった。
けどね、最期には一瞬でも幸せだって感じられたら、それでいいのかもって思える気がしたんだ。
そう思わなきゃ全部がダメだったって思いたくなりそうだ。
この景色の一部になれるのかな、あたし。
落ちて死んで、本当に星になれるなんて甘いこと思ってない。
でも……このキレイな景色の空気に溶けていけたなら、どんなにいいだろうって。
「これでいいんだよね、ママ」
ママの望みとあたしの望み。きっとどっちもが叶う。
本当の意味でこの方が幸せになれるんだよね?
ブルッと体が震える。
息を飲み、下を見下ろす。
かすかにみえる、人の影。人が切れたら落ちよう。
死ぬ瞬間までも、誰かを巻きこみたくない。嫌われたくない。

