「あんたには関係ないわよ。あたしがすることは、あたしが決めるんだから」

母親の行動を子供が気にしちゃいけないんだろうか。それでも親子っていえるのかな。

「けんちゃん」

その声に、体が反応する。その名前は度々聞いた名前。

「椿ちゃん」

のそのそとママの背後から出てきて、その男の人があたしに近づく。

「やだ。こないで」

体育館への入り口に向かって進もうとするのに、足が重たい。すくんでしまう。

「動くんじゃないわよ」

低い声であたしを制する。動かなきゃと思うのに、動けない。

(助けて……)

こういう一番大事な時に声が出ない。ただ、助けてと叫ぶだけなのに。

男の人があっという間にあたしの腕をつかみ、引っ張る。草の上にそのまま放りだされた。

「けんちゃん、大好きよ」

ふふっと笑いながら、男の人に微笑みかけるママ。女って顔つきに一瞬変わった。

ぶつけた腕をさすりながら立ち上がろうとしたら、その視界に嫌な光が入った。

「……え」

疑いたくなった。母親だと言ってのけたその言葉を。

鈍く光る短い刃。それを薄ら笑いながら持っているママがいた。

「逃げるんじゃないわよ、マナ」

命ずるように、上から見下ろしそう呟く。

逃げられるなら逃げたい。ここまで生きてこれたんだもの。誰かに絶たれるのは嫌だ。

「そう。あんたは昔から聞き分けのいい子だったものね」

まただ。こんな時だけ褒めるんだ。本当に褒めて欲しい時には、一度だって褒めてくれなかった。

「邪魔だっていってたでしょ?疫病神だって」

確かに言われ続けてきた。ママに言われた言葉がきっかけで、自殺しかかったこともあった。

本物の刃よりも、言葉の刃の方が威力があるということを身をもって知っている。

「もうね、口で言ってダメなら行動でって何度もしてきた。でも、ダメだった」

一歩また一歩とまた近づいてくる。

「あんたが死にたくなるように仕向けて、自殺すればいい。そう思ってた。最後まであたしが手をかけて、あんたの返り血を浴びるのは嫌だったのよね」

刃物を舐めるように見ているママの口角が上がったように見えた。

これ以上ここにいたら、本当に殺されると思った。

「あたし、生きたい!」

それでもママの言う通りには生きたくないと強く思った。その思いをかろうじて言葉にする。

「ダメ、死んで」

短い言葉で拒絶を示し、ママが一気に距離を詰めた。動くことのできないあたしは、とっさに顔を腕で隠すようにした。