「前に話したよね、母親のこと。それで落ち込んでた時に、今まで視界に入れたことなかったあの花がさ。妙に目に入ったんだ」

顔を上げる。

色とりどりのコスモスが、じゅうたんを敷き詰めたように花畑を彩っている。

「母親のこと。それと、自分の出生の秘密。その後で、父親の家に入れって一時言われて。でも、別宅。それって認めてないってことじゃんって、腹が立つっていうよか、ただ哀しくなった」

ドキドキしながら、お腹のあたりにある凌平さんの手に、自分の手を重ねてみる。

「ん?もしかして今も哀しんでって思ってる?」

手を重ねたあたしの心を読んだように、そう囁く。やっとコクンと頷いた。

「もう何とも思ってないよ。俺が哀しいって思ったのは自分を認められなかったことじゃなく、お袋が認められなかったことなんだ」

校舎の外れの方にあるだけあって、この教室だけがやけに静か。凌平さんの言葉がとてもハッキリ聞こえる。

「葬儀が終わって。少しして父親と会う機会があって。会ってみたらいろんな感情が渦巻いて。飲み込まれそうになって。周りの連中は可哀想にって顔しかしないし」

その時の凌平さんがここにいるわけじゃないのに、言葉だけじゃなく心までもが入り込んできた感覚。

「……マナ?」

勝手に流れてしまう涙。こんなものを凌平さんが望んでるはずないのにね。

「泣いてくれてるの?」

とまれ。涙、とまってよ。そう心の中で繰り返す。繰り返すほどに涙はあふれ出す。

「バカだね、マナは」

いつものように、バカと言われてしまった。バカと言いながら、凌平さんが髪に口づけた。

「俺のために泣いてくれるなんて、今までいなかったよ」

胸が痛い。苦しい。可哀想な現実だったとしても、可哀想だなんて言葉はいらなかったんだ。

それに気づいてもらえずに、凌平さんはきっともっと胸が痛かったはず。

「嬉しい……。ありがと、マナ」

抱きしめる腕に力がこもった。そして言葉を続ける。

「あのコスモス。雑草みたいだなっていっただろ、さっき。その雑草みたいな花に、ものすごく癒されたんだ。きれいだって思えた初めての花なんだよね、コスモスは」

傷ついた心に入り込んだ花、コスモス。凌平さんが本当に心優しい人なんだと再確認した。

「似てるんだ、マナって」

「あたし、ですか」

涙をこぼしながら、なんとか聞き返すと「もう、泣きやんでよ」と苦笑いしたのがわかった。