「だってしょうがないよ。……好きになっちゃったんだもん。好きな女の子の顔で好きな顔って言ったら、笑った顔の方がいいに決まってるじゃん」
さも当然といった顔で笑う。その表情に思わず見惚れてしまう。
「もういい加減、信じてよ。俺のこと」
信じきれていないのがバレてるし。本当に顔に出てるんだな、嫌だ……もう。
「来て。俺のことほんのちょっとでも好きなら、ここに……俺のそばに」
ズルイ。そんな表情で、そんなこというなんて。……ズルイ。
「さっきからずっと黙ってばかりだね。二人きりになりたいってだけで、この場所選んだんじゃないんだ」
そういい、机の上から下りて、窓際に近づく。そして手招き。
「いいものみせてあげる」
その声にそろそろと近づくと、窓の外を指さす。
「みてごらん」
その言葉に、窓の方に身を乗り出した。
さりげなく肩に置かれた手。もう片手で少し遠くを指す。
「見える?……あれ」
見慣れた校舎からの景色のはずだった。指さす先にあるものに、心を奪われた。
「ここからの場所が、一番きれいなんだ」
オレンジに白に、ピンクだろうか。花畑だよね、あれ。
「何の花があんなに咲いて」
顔を凌平さんに向けると、思ったより近かった距離。掠るように唇が凌平さんの頬に触れた。
「あ……」
冷たい肌。意識せずに、自分の唇からかすかにリップ音がした。
「ごめんなさい」
視線をまた遠くの花畑にと戻す。そうじゃなきゃ、心臓が持たない。
(ただ緊張してるだけだよね。慣れないから、こんなに震えてるだけ。……うん)
言い聞かせるしかできないよ。だってあたし、いろんなこと知らなさすぎるんだもの。
家族同士の距離。甘え方。誰かが自分を思ってくれること。
一緒に食べる食事。自分が嬉しいと喜ぶ人がいる生活。
それから、恋。
好きと愛情の境目がわかるはずがない。
どうやって知ればいいのか、誰も教えてくれない。
動揺を隠しながら、遠くの花畑を眺め続けた。
「あれはね、コスモスだよ」
耳の裏からの囁き。ビクンと体が反応した。
「俺ね。あの花を最初は、雑草みたいだなって思ってたんだ」
何か返さなきゃと思うのに、頷くことすらできない。
背中から、まるで長いネックレスのようにして、腕をあたしのお腹くらいまでに回して抱きついてきた。

