見知った顔が通り過ぎていく廊下で、肩を抱かれながら俯きがちに凌平さんと歩いていく。
西側の校舎。人気のない教室のドアの前であたしは困っていた。
「ここって、鍵がなきゃ入れない場所ですよ」
昔の美術室。
今は美術部員もあまり使ってないとかで、過去の備品が置いてあるって聞いたことがあったような。
「なくても入れるんだ、これが」
そういうと、凌平さんがドアに手をかける。
ガグンと軽く上にほんのちょっとドアの取っ手を上げただけ。
「入っていいよ。って、さすがに埃っぽいな。換気しよっか」
カタンと音がしただけだった。
あまりにも呆気なく開いたもんだから、放心してた。
「ほら、おいでよ。今のマナの状況にピッタリじゃない?誰も来ないよ、ここだったら」
スタスタ教室に入っていく凌平さん。誰も来ないという言葉に、違う緊張が走る。
「……おいで」
静かな廊下に、ペタペタと上履きの音がやけに響く。そしてあたしの心音も響いていそう。
誘われた手に、歩を進める。ドキドキする。拳を胸にあてて、ゆっくり歩いていく。
「ドア閉めてね」
使われていない机の上に腰かけて、あたしを待ってくれている。
ドアを普通に閉めただけで、カチャンと鍵がかかった音がした。
「え?鍵、かかった?もしかして」
「うん。あ、でも中からもコツを使わないと開かないよ」
ドアに手をかけるけど、同じようには出来ない。
「……俺とここにいるの、嫌?」
そうじゃない、違う。自分の心臓が持たなさそうなの。
ううんと首を振れば、「こっちにおいでよ」と、あたしが行くまで待っている。
あたしの意思で凌平さんのそばに行くのを待ってるんだよね、それって。
(もしかして試されてるのかな)
ドキドキがさらに強くなる。行っていい、のかな。
(凌平さんってつかみどころがなくて、信じていいのかまだ少し……)
躊躇いは顔に出てしまう。なんて損な、素直な性格だろう。
「怖がらないで」
短めの言葉に、凌平さんの想いが逆に深く感じられる。
「俺ね、こうみえても結構打算的なんだよ。損なんかしたくない。得だけしたい」
「それって、みんなそうなんじゃ」
そう言い返せば、「マナは違うじゃん」と苦笑いする。
「マナを傷つけて悲しませても、俺には傷が残る。損はしても、得はない」
「そんなこと、ないですよ」
自分のことで損得を考えられているのが、理解できなかった。

