(ママにも、そういう幸せはあるのかな)

赤い銀紙に包まれたチョコ。口の中に入ると溶けて、鼻から香りが抜けていく。

香りってこんなにも人を癒すものなんだね。

「美味しいかい」

「はい、このチョコ食べたことなかったので、嬉しいです」

「昔の同僚がね、出張の土産にってくれたんだよ。甘いもの食べないの知ってて」

苦笑いしながらそう教えてくれる。

「嫌味ですね」

と返せば、「本当だね」と呆れた顔つきを見せた。

お兄ちゃんはさっきからずっと黙ってる。今日、ここに来てからあまり話してない。

(やっぱり事故のことを思い出しちゃってるのかな)

月命日だけに、思うことがあるのかも。

「食べる?」

ひとつチョコをつまんで差し出してみた。何も言わずに受け取って口に入れた。

「ん、美味いな」だけ言って、また黙った。

何を話すでもなく、黙々とカフェオレとチョコを口にする。

体の力がすっかり抜けきったころ、伊東さんが口を開いた。

「マナちゃん」

「はい」

また緊張してきた。ダメだな、さっきの伊東さんが頭から離れてないや。

「香代さんのことだけど」

小さく頷くと、伊東さんは話を続ける。

「僕に任せてくれないかな」

その声は、なんの感情もなく聞こえる。

「任せるってどうするんですか?ママを、どうしちゃうんですか」

そう聞いたあたしに、「どうもしないよ」と言う

「どうも……しな、い?」

禅問答とか聞いたことがある。なんだか難しい質問があって答えが出にくいとかいうのだっけ。

「そう、どうもしない。何かするとするなら、マナちゃんに危害を加えようとする時だけ」

「危害?」

言葉の響きが怖い。あたしの未来に、まだなにか悲しいことが起こるよと言ってるの?

「香代さんは拘束すればするほど、逃げようとする。かといって、自由にしていれば自分を護ると言ったのは嘘なのかと泣いてしまう。彼女は、臆病なんだよ」

伊東さんなりの分析?ママが臆病って。

「愛されたがり。愛し方は知らない。……愛されたことがないからね、彼女は」

その言葉が、胸にストンと落ちていく。

ママの過去。ママのお父さんとお母さんから受けられなかった愛情。

それと同じことを自分は繰り返している。だからあたしにも繰り返すと言った。

「囚われている。そう思った方がいい」

うんうんと頷きながら、話を聞き続ける。

「でもね、違うと思う」

静かにそう切り出した時、お兄ちゃんが席を立った。