「マナちゃんのいいところ。素直なところ。相手を傷つけないようにして、自分の心を飲みこんでしまうところ。でもね、マナちゃん」

少し視線を上げてたあたしに合わせて、体をかがめて子供に話しかけるような体勢で。

「それはね、相手をダメにしてしまう可能性も孕んでいるんだよ」

孕んでいるという言葉が、イマイチわからない。どういう時に使う言葉だったかな。

「香代さんに会いたい。そう言ったね、さっき」

伊東さんは確かめるようにゆっくりと聞いてきた。

「……はい」

怖い。真実を知ろうとする時は、こんなにも体が震えるんだ。

(凌平さん、勇気を分けてください)

チラッと携帯が入ってるバッグを見下ろし、息を吐く。

「ママに会わせてください。聞きたいことあるんです」

あの日、あたしを売ったママ。あたしがいなくなったことを知らないはずがない。

あたしになにか言いたいことがあるのに、それを隠されたんじゃないかとも思えた。

そう都合よく思いたいだけ。そうかもしれない。

自分の中で何度も揺らぐ思い。

ママを切り捨てたい自分。ママを捨ててしまえば、楽に生きられるって。

それでも、ママを愛したい自分もいる。ママに愛されたいあたしが泣いてるんだ。

知りたい。もっと話したい。

一方的なママの過去の話だけじゃなく、ママのもっと奥の感情を知りたい。

親子だから。ママのこと、大好きだから。

「マナ、お前はどうしても傷つこうとするんだな」

お兄ちゃんが悲しい顔をしてあたしをみる。

「傷つくかどうか、まだわからないよ。お兄ちゃん」

揺らぐな、がんばれ……あたし。

「俺は止めた。だから後悔するなよ」

お兄ちゃんはまた紅茶を飲み、残りのケーキを口に入れた。

「……うん」

椅子の下のバッグを持って、「お手洗いに」と言ってトイレに入る。

携帯を取り出して、凌平さんにかける。

2コールで出てくれた。

「進展あったの?大丈夫?」

「進展というか、ママに会わせてもらえそうです」

そう言うと、ドキドキが強く早くなった。実感したっていうのかな。

「ずいぶんとがんばったみたいだけど、本当に大丈夫?」

大丈夫といわれ、あたしが返したのはいつもの言葉。

「平気です」

強がりの言葉。本当は震えているくせに。会いたいと言っておきながら、怖いくせに。