お兄ちゃんの目が、どこをみてるのかわからない。
あたしをみているようで見ていない。気のせいと思いたい。
「それでもあたしにとってはママなの。お兄ちゃん、知ってるじゃない」
訴えるという言葉が合うだろう。二人の、あたしへの気持ちは有難いものだ。
やっぱりそれでも、ママに何が起きているのかを知りたいのは親子だから仕方がない。
「マナ、お前……いつまでも夢みてんなよ」
切り捨てるようなお兄ちゃんの言葉。
「俺もオヤジも、マナがこれ以上傷つくよりは、笑って暮らしてほしいだけだ」
本当に嬉しい。幸せだって思う。
「笑って暮らしたい。でも、疑問をほったらかしにはできないよ」
「見ないで暮らしていけるなら、その方がいい。そういうこともあるんだって、俺は最近知った」
何の例えを話そうとしてるの?お兄ちゃん。
「マナ。愛情は待ち続けるんじゃなくて、与えられるものを受け入れていた方が人は幸せだ」
お兄ちゃんがそういった時、電子ポットからカチンと小さな音がした。ハッとしてそっちを見る。
「これを知ってるかな、マナちゃんは」
小さな缶。そこから何かの粉をお茶碗のような器に入れた。
「知らないです」
粉を入れたところに、ポットからわずかなお湯を注ぐ。
「抹茶だよ、これ」
泡だて器のようなものでかきまぜる伊東さん。
ダイニングテーブルで立ったままの動作なのに、姿勢がよくてきれいな動き。
「ほら、きれいに泡立ったよ」
シャッシャッと細かい音が続き、音が止んだと思ったら。
「きれいな緑の泡だ」
お茶だなんて思えなかった。薄緑の泡が、濃緑のお茶の上にホイップみたいに乗ってる。
「飲んでみるかい?」
お茶碗をずらすように勧められた。
「ただ飲めばいいだけだよ」
「あ、はい」
お茶碗を手に取って、クンと匂いを嗅ぐ。いい香り。お茶って癒しの香りだ。
「いただきます」
ほんのちょっとだけ、ズズッと飲んだだけ。なのに、あたしは激しくむせた。
「ケホッ、ごほん。美味しい、んです……ね」
せっかく勧めてくれたもの。飲まないわけにはいかない。でも、苦い。本当に苦い。
「ん……っく、ん」
また口をつける。一口、また一口と。またもう一口頑張ろうとしたら、伊東さんがお茶碗を取ってしまう。
「あ」
苦そうに飲んでたから怒ってるのかと思って、頭を下げた。
「謝る必要ないよ」
でも伊東さんは笑って、あたしが飲みきれなかった抹茶を一気に飲み干した。
「苦かった?」
正直に答えていいのか迷う。でもあれだけむせてたし、嘘ついてもバレバレだよね。
コクンと頷く。すると伊東さんの大きな手が、あたしの頭を撫でた。

