「死んだんだ。俺の母親」
最初の一言がそれで、一瞬ひいた。
「この街にもあるんだけど、大河内って名前に聞き覚えない?」
大河内?大河内……うーん、確か似た名前の病院とか会社あったような。
「多分聞いたことあるはず。そこのね看護師やってた。まっ白いナース服着てさ」
手を乗せている凌平さんの大きな手。さっきよりも冷たさが増している気がする。
「それでね」
凌平さんはゆっくりと話し出す。時々言葉を選んで、感情的になることなく。
それはお母さんとの優しい思い出ばかりを話しているような表情。
けれど、悲しい話の方が多かった。
凌平さんが高校に入学する直前。
お母さんと二人きりだった生活に、小さな傷ができる。
今まで明かされず、聞くに聞けなかった凌平さんの出生が明かされる。
大河内家の次男。それが凌平さんのお父さん。
病院部門の院長。心臓外科での有名人らしい。
当時婚約していたお父さんと、病院で看護師をしていたお母さんは恋をした。
もちろんのことで許されるわけもなく、病院から追い出される凌平さんのお母さん。
護られたのはお父さんの立場だけ。でも、追い出された後も関係は続いた。
そして妊娠。お母さんは別れを切り出して、お父さんとは会わなくなった。
産まれた凌平さん。名前は凌一というお父さんから一文字もらった。
大きくなり高校入学直前に、見知らぬ男性に声をかけられた。
「お母さんは元気か」と。
曖昧に返事をすると、今度は名前を聞かれる。「凌平」と答えると笑いながら帰ったその男。
それがお父さん。
それを知ったのは、お母さんの葬儀の場。
すべてを知ったのも、お母さんを見送った後の話。
高校入学前に知った、自分は私生児だという事実。認められていない子供だということ。
お父さんの存在を語りたがらないお母さん。
そしてある日……、その日はやってきた。
入学して間もなく、雨の夜。仕事から帰ってきたお母さんがこう言ったんだって。
「ね、凌平。……しようよ」って。
どこか虚ろな目で服を脱ぎだすお母さん。
止めても、無機質な表情をしたお母さんは動きを止めなかったらしい。

