「多分、凌平さんがいつもいうようにバカなんです。あたし」

小さく頭を下げ「ごめんなさい」と謝る。

「心配してくれているのに、それを聞かなかったことにしようとしてます」

頭を下げたまま、ゆっくりと話す。

「ずっとママの子供でいたいんだと思います。死ぬまで愛されることがなくても」

「……マナ」

今までを思い出すと、勝手に涙が溢れて、引力のまま落ちる。

「あの怪我が二人によるものなのか、どちらかなのか。それとも違うのか」

言いながら、息苦しさを押し返すように吐き出す。

「それをちゃんと見てきます。……家族、だから」

そうだ。逃げちゃダメなんだ。お兄ちゃんへの心配も、伊東さんへの不信感も。

今のママが置かれている現状だったりとか。

「自分で見て、聞いて。それから判断する努力してきます」

肩にぬくもりが触れる。

「顔あげて」

ううんと首を振る。泣き顔みられたくないもの。

「泣くんだったら、床をみながらじゃなく俺を見てくんないと……ヤダ」

張りつめた糸。それを緩めてしまう、いとも簡単に。

「凌平さんのヤダって、効果絶大だと思う」

そう言いながら、半分泣いて半分苦笑しながら顔をあげた。

「言うこと聞いてあげないとなぁって思っちゃう」

そんなあたしの顔を見て、凌平さんがかすかに笑った。

「だってさぁ、本当にヤダって思うからさぁ」

わざとらしく間延びした話し方。空気を和ます天才だ。

「でもさ、これ覚えといてよ」

「はい?」

「……俺、味方。マナに何が起きようとも、味方だよ」

味方という言葉だけで、勇気がこんなに溢れて止まらなくなる。

「それと、もういっこ。俺の素姓のことで、ナオトにも話してないこと。マナにだけ話したいことがある」

「凌平さんの素姓?」

素姓ってえーと、生まれとか家柄だっけ?

「俺の今までのこと。ずっと抱えてた飲み込めないツバみたいな思い出っていう感じなんだけどさ」

飲み込めないツバ?

ずっとずっと詰まってたの?それって息苦しくないだろうか。

「俺の母親の話。あ、話してる間だけでいいからお願い聞いて」

「お願い?」

聞き返せば、やわらかく微笑んでから、

「手。握っててくんないかな、話が終わるまで」

手のひらを上に向け、手を乗せてと示す視線。その手がかすかに震えてる。

「はい」

そっと乗せると、ひんやりとした手に包まれた。

時間はいつの間にか、三時に差しかかるところ。