「そんなにナオト、大事?」

すこし躊躇ってから、うんと答える。

「だってお兄ちゃんだし」

「それじゃ、ナオトのオヤジさんは?」

そういわれて、お兄ちゃんの時同様にすぐに頷けない。どうしてかな。

「大事だとは思うのに、まだどこか怖くて」

「でもさ、ナオトのオヤジさんがマナを直接裏切るようなことをしてみせた?」

「それはない、けど。でも」

「ナオトのことも一回疑ったじゃない?なのにまた信じようとしてる」

それは理由は分からないけど、ごく自然なことだったんだ。

あまりにも伊東さんが一時的に溺愛してきたという、そのあたりが怖いのも理由の一つなのかなって思える。

「マナはさ、ママが言ったことはなんでも鵜呑みにしちゃうの?」

「だってそういう雰囲気が」

「雰囲気なんか、大人になればいくらだって作れるだろ。それよりも大事なことあると思うよ」

普段はどこかふざけた印象があるのに、普通に話をしてくれる。

あまり見ることない、大人の表情。あんなに怒ってたのに、何もなかったほどになってしまった。

「マナの母親が話した過去の話。それは多分真実」

だろうなとは思ってる。うんうん頷くと、さらに話を続けて、

「ナオトが話してたっていう、マナの母親が普通に見えたっていうのも多分事実」

「多分?」

「だって、結局は当人じゃないしね。俺は」

天井を仰ぎながら、言葉を宙に放つように話し出す。

「ナオトが大丈夫っていった。あれもきっと本当。だけど、問題はそこじゃない」

問題?そういえばさっきも、なにかすこし物騒な話をしてたっけ。

「危ないって、お兄ちゃんが?」

うんと頷き、「違っててほしいけど」そう最初に切り出してから、ややあってから話し出す。

「ナオトの昔の話ってどこまで聞いたのかな」

「昔の話?」

「そう。あいつの兄貴と母親が事故で亡くなって」

亡くなった時の話は多少なりとも聞いた。

「亡くなった時の話は聞きました」

「……亡くなって以降の話は?」

亡くなって以降か。何か聞いたといえば、伊東さんと二人して苦しい日々だったという話。

「二人で苦しい毎日を乗り越えたって」

言葉を選んでそう返すと、なんでか頭を撫でられた。

「それしか言いようないよな」

その言葉に胸がギュッと軋むように痛む。

「何か知ってるんですか?お兄ちゃんの過去を」

昔からの知り合いみたいではある二人。でもどこからかは知らない。

お兄ちゃんは思い出すと辛いからか、あれ以上の話はしてくれていない。

「……うん。ナオトが苦しかった時期に出会ったから、俺たち」

興味じゃない。違う。

凌平さんが危ういという、今のお兄ちゃん。

もしかしたら本当に手を差し伸べなきゃいけないのがお兄ちゃんなら、と思えた。