「私はね…紀一先生がやっていた病院で、看護婦長をやっていたのよ。」
厚子は、静かに語り出した。
さくらはそうして初めて、紀一が精神科医だったことを知った。医者だったということは以前紀一の部屋の写真を見たので知っていたが、精神科医というのは意外だった。
「紀一さんは…どうしてお医者さんをやめてしまったんですか。」
さくらが聞いた。
厚子は目を伏せ、しばらくしてさくらの顔を見つめた。
「愛ちゃんの事は、知ってる?」
さくらの胸が高鳴った。
その人こそ、紀一が毎晩呼び続けている女性だ。
紀一が、それほど、心から愛している女性だ。
「紀一さんは…毎晩その人の名前を呼んでいました…。」
さくらが呟くように答えると、厚子はふぅと息を吐き出した。
「そう…。」
そして少し間をおいて、
「あなたになら、話してあげる。」
厚子は、優しく微笑んだ。



