なぜ、紀一は自分を抱きしめるのか。

毎晩、毎晩、呪文のように何度も呼ぶ女性の名前は、けして自分ではないのに。

「愛」という名を持つ女性。
それは、きっと、いつか見た写真の、あの昔の紀一に微笑みながら寄り添う、美しい女性なのだろうと、さくらは気付いていた。

その事を考えるたび、胸の奥にゴロゴロした嫌な塊みたいな物がつっかえて、さくらを困惑させた。

今、その女性はどうしているのか。

なんとなく、紀一がもう、手の届くところにはいない気がする。

手の届くところにいるのなら、きっと紀一はどこまでもその人を追いかけて愛するのだろう。

さくらと、出逢うこともなく。