監禁恋情

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担当している患者の容体が落ち着いているのを確認して、少しの間数人の患者の話を聞いた後、紀一は帰り支度を始めた。

(そういえば……)

紀一はふと思い出した。

(あんな風にさくらが泣いているのを見るなんて、初めてかもしれない)

今朝、自分が目を覚ました時、涙を流していたさくらを思い出す。
自分が知る限りのさくらは、大体が笑顔だ。
自分が家族とのけじめをつけ、日常に戻ろうとする間も、さくらは常に穏やかに微笑んで自分を支えてくれていた。

彼女の身に何かあったのであろうか。
ひょっとすると、何か悲しい夢を見ただけだという可能性もある。
しかし、朝の彼女は、自分が「さくら」と呼ばれたときに少しだけ困惑していた。

(昔の夢でも見ていたのかな……)

自分は、彼女の過去をよく知らない。
どこかの施設にいたこと。そこは、恐らくまともな施設ではなく、日常的に子供たちを金持ちに売りつけているような、そんな施設であるとういうこと。
自分に出会うまで、名前がなかったということ。

(その前のことは、何も知らない……)

もちろん、何もかもを知りつくしていなければいけないなどということはない。
しかし、もし自分の知らない過去で彼女が涙しているというのなら、自分はそれを知り、彼女のために何かをしたいとも思う。

なぜならさくらは、今の紀一にとって最愛の人であるからだ。

(家に帰ったら、さくらの様子に注意しておこう)

そう思いながら、紀一は病院の入り口を出た。

その時、一人の男とすれ違った。
恐らく患者であろうその男が、紀一はやけに目についた。
40歳ほどのその男は、何か思いつめたような顔つきをしていたが、とても美しい顔立ちをしていた。

(ん……?)

紀一は一瞬、その男に既視感を覚えた。
しかし改めて考えると、会ったことはないはずである。

不思議な感覚のまま、しかし患者として通うのなら再び出会うこともあるだろうと、紀一は自宅へと足を進めた。