「バカじゃないの、って言いたいけれど、あの青木先輩じゃしかたがないか」

 エリナの言葉が耳に響く。
 そうなのだ。
 あたしの彼氏の青木先輩は、俗に言う「鬼上司」なのだ。

 間違ったことなど、ほとんどない。
 今回の喧嘩だって、結局はわたしの我侭なのだと、本当はわかっている。
 だから、すぐにでも謝るつもりだったのに、日を追うごとにタイミングを逃して、どうして今回はこんなに上手くいかないのだろうかと思い巡らせたところで、行き着いたのが「ドア」が変わったことだったのだ。

 「でも、いい加減にしないと、こじれるよ? それは、樹里も嫌でしょ?」

 なんだかんだとなだめられて、励まされて、とりあえず善は急げと青木先輩のマンションまで直接行くことになってしまったのだ。


 ピーンポーン。
 インターホンが、電子音で家の主へ来客の存在を知らせる。
 ひとりでここまで来たのは初めてだ。
 いつも、青木先輩と一緒じゃないと、訪れたことはない。
 それは、家で過ごすときにも青木先輩が近くのコンビニまで迎えに来てくれるからだったことを改めて思い知る。

 (……居ないのかな?)

 部屋の灯りはついていたし、定時で今日は帰宅したことも知っている。
 なのに、反応のないドアの前で、あたしは小さくため息をついた。

 (もしかして、避けられてる??)

 そうだったらショックだなぁと思いながら、もう一度、今度は少し眺めにチャイムを押してみる。
 すると、間髪入れず「どちらさま?」と不機嫌そうな声が聞えてきた。

 「あ、あの、青木先輩、わたしっ…………」

 ガチャッ……ドコンッ!!

 名乗れなかったのは、急に頭が真っ白になったからだった。
 真っ白になった原因は、先輩は勢いよく開いたドアが頭にぶつかったからだった。

 「ああっ、宮下悪いっ!!」

 結構な衝撃に、頭を抑えてしゃがみこむと、ひどく焦った声が近くで聞えて、痛む箇所を抑えているあたしの手に、大きく暖かい手が重なった。

 「おまえ、なんだってそんなドアの近くに居るんだよ、危ないだろうが」
 「ドアが外開きになるって知ってるのは青木先輩だし、開くタイミングも調節できるのは先輩のほうじゃないんですか?! いっつも、あたしそう言われるんですけど!!」

 あまりの痛みに、つい口調がきつくなる。
 仲直りしに来たのに、どうしてこうなるのかと泣きたくなる。
 (ああ、あたしバカだ)
 ぐっと、次にくるはずの言葉を待っていると、ふいに身体があたたかいものに包まれた。