いつまで経っても、言い争いを止めない彼らに、わたしの何かが切れるのは時間の問題だったと思う。
 
 周囲が2人に注目してるのをいいことに、瓶の中に入っていた瞬間移動剤を口に含む。
 あっけに取られている2人に、一粒だけ残った瓶を軽く振ってみせた。
 「2人が残ってれば、葵は大丈夫でしょう?」
 「…………千花?」
 だんだん消えていく体を呆然を見つめる彼に、ざまーみろと微笑む。

 これで、一生あなたはわたしを忘れられなくなる。

 辺りが銀色の世界に囲まれている。
 寒さを感じない結界の中にいるのに、息が白い。
 「葵、葵、しっかりして」
 瞬間移動剤で飛んだ後、わずかに巡らされた結界の中で、倒れ込んでいる彼女を見つけた。

 「……千花?」
 「よかった。ちゃんと意識はあるのね? じゃ、今のうちにコレ食べちゃって」
 そう言って、現状が把握できていない葵に瞬間移動剤を飲ませる。
 「これ……って」
 独特の味があるから、すぐに何を口に含まされたのかはわかるはず。
 わたしはコクンと頷くと、葵が向こうに移動する前に壊れてしまいそうな結界を補強しはじめた。
 (もしかしたら、どこかに瞬間移動剤が見つかって誰かが来ないとも限らないから、最後まで諦めはしないけど)
 この寒さの中では、いくら防御力の強いわたしの結界でも、そう長くは持たないだろう。

 「千花は?」
 消えていく中で、安堵の表情を浮かべた葵が、結界の補強を始めたわたしを不思議そうに眺める。
 この子は本当にいい子なのだ。
 わたしが、彼女を憎めなかったのは、そういう無邪気な笑顔が彼を癒してると感じたからだった。
 悔しかったけれど、それだけはわたしにもわかったから。
 だから、わたしは今だけの精一杯の嘘をつく。

 「うん。後から行く」

 すぐにばれてしまう嘘だけど、せめて、彼女が船に無事にたどり着くまでは。