「ただいまー」

 家に着いた俺は、玄関で靴を脱ぎながら、いつもの習慣でそう言う。


「あら、旬。今帰ったの?」

 ちょうど母親が廊下掃除をしていて、俺に声をかけてきた。


「遅くなるのはいいけど、電話の一つでもいれなさいよ」


「へいへい」

 俺は適当に返事をしながら家に上がった。


 うちは基本的には自由だから、朝帰りなんてしても全然平気だ。何も言わなくてもこの程度だし、『今日は帰らない』とかだけでもちゃんと連絡したら本当に何も言われない。


「あ、旬。あんた専門学校の願書とかちゃんと書いてるの? ギリギリになって忘れてたなんてやめてよ」


 言われてその現実的なことを思い出した。

 すっかり忘れてた。


「うん。大丈夫だって」

 そう言って、俺はリビングへ行き、朝飯に菓子パンを二つ持って、自分の部屋に行った。


 現実的なことで言えば、今俺の中で一番大事なのはこっちだ。


 ベッドの上にナツのケータイを置き、パンを頬張りながらそれを見つめる。


 また会える可能性はあっても、問題はそのきっかけがないんだよなぁ。

 やっぱこっちからは連絡の取りようがないわけだし。


「あーあ……やっぱ待つしかねぇのかなぁ……」

 独り言を言いながら、俺はケータイの隣に寝ころんだ。

 すると、ちょうど腹も満たされたこともあって、俺はすぐに眠り込んでしまった。




 次に目が覚めたのは、時間はいつか分からなかったけど、ケータイが鳴る音でだった。


 鳴ってもそのままにしていても、なかなか鳴り止まないから、電話のようだ。


 俺は、目を閉じたまま手探りでケータイを取って、開いて通話ボタンを押して、耳に当てた。


「はい?」


 いつもと違う着信音に、いつもと微妙に違う勝手で、何かおかしいとは思ったけど、寝ぼけていたせいで、それに気付いたのは電話の向こうの相手の声を聞いた後だった。


「あの……その携帯を落とした者なんですけど……」

 一瞬で目が覚めた。