「ダメ! あたし今から仕事なんだから…」


「触るだけ~」

 俺はナツのおっぱいを掴んだ。


「やだっ……あっ」


「ナツのエッチ~。感度いいんだからなぁ」

 そこがナツの最高なところだけど。


「もうっ! ふざけないで!」

 真っ赤になったナツが、腕を振り上げた。その手には、口紅があった。


 そしてナツが腕を上げた拍子に、それがナツの手から落ちていく。

 そのあとのことは、いくらバカな俺でも予想できた。


「あ……!」


 ナツの口紅は、落ちた衝撃で二つに折れてしまった。



 その瞬間、さっと頭の血が引くのが分かった。


「ナツごめん! 本っ当ごめん!」

 俺は謝ろうと意識する前に謝っていた。


 とんでもないことをしてしまった。まさかここまでするつもりなかったのに……


「もういいよ」

 ナツは静かにそう言った。


 そして黙ってティッシュで折れた口紅を拾って床を拭いている。


 いつものナツと違う。

 いつもなら、こういう時もっと怒るのに……

 もしかして、本気で怒らせた……?


「ごめん……」

 どうしていいか分からなくて、俺は下を向いて謝るしかできなかった。


「別に怒ってないから……もういいよ? 私も注意してなかったし」

 さっきよりは優しいナツの声が聞こえて、俺はナツの両手に顔を挟まれて顔を上げた。


 ティッシュで、軽く唇を擦られる。その後のティッシュがピンク色になっていて、俺の唇にナツの口紅がついていたようだ。


「じゃあ、行ってくるね」

 コツンとおでこ同士が当たって、ナツが言った。


「うん……行ってらっしゃい」

 俺はただそう言って、ナツを見送るだけだった。