などといかにもまともなことを美しく語ったところで、妄想奇人はいつだって妄想奇人なのだ。
犬にほえられようと、電車に乗っていようと。
月曜だろうと木曜だろうと、春川秋は奇人に違いない。
そうして私は今日も、のしのしと電車を降りる。降車メロディーさえも愛おしく感じるから、「愛しい」という感情の魔力は計り知れない。
「ほほほっ」と先生の笑顔を思い浮かべた私は、駅構内でもだらしない笑みを浮かべる始末。
予備校につくまでの5分は、ただの5分ではなく「愛しい」5分である。それだけで何にも変えがたい幸せを手中にしたかのようである。
周りの人は、私を「変だ」と思っているかもしれない。
だがしかし、本人はそんなことを気にも留めていないのだ。
全ては、結果オーライである。
