教室に向かうとしたあたしの耳に女の子のひそひそ話が入ってきた。
『ねぇ…知ってる?サッカー部の蒼くんに好きな子がいるんだって』
『えー!?どんな子!?』
『パッとしない子って聞いたよ』
『ショックだなぁ…』
その話を聞いて、あたしは教室に入ろうとするのをやめる。
やっぱり…人気なんだなぁ…。
もう…噂になってる。
入りづらくなった。
あたしはその場から逃げるようにある場所に向かった。
ある教室の前で立ち止まり、コンコンッとノックをする。
「楠です。少し…いいですか?」
「…どうぞ」
少し間が空いてから声が返ってくる。
あたしはあたりを見渡して誰もいないのを見てから、中に入った。
「久しぶりだな」
椅子に座っていたその人はあたしを見て、嬉しそうにほほ笑む。
「一週間ぶり…くらいだよ?」
「毎日のようにここに来てたのに、最近来ないから心配してた」
「…嘘。安心してたんでしょ?」
彼…桐谷くんと関わる前は毎日のように此処に来ていた。
あたしの居場所は…此処しかなかったから。
真っ黒でボサボサの髪
こっちを見透かすような黒い瞳
黒ぶちの眼鏡
真っ黒なシャツにズボン
全身真っ黒の中で一際目立つ真っ白い白衣
どう見ても、暗そうで何を考えているか分からないこの人は遠藤 由貴(えんどう ゆき)
あたしの唯一の理解者で、心を許している相手でもある。
一応教師だけど、仕事をしている姿はあまり見ない。
あたしはいつも煙草を吸う横顔を見て過ごしていた。
彼は煙草の火を消すと、ははっと笑う。
「馴染めたんだなとは思ってたよ」
「…由貴さんはあたしが離れて行っても…いいもんね」
あたし達は付き合っていない。
単純に教師と生徒だから…ではない。
あたしは由貴さんを想っているのに…
由貴さんはあたしの気持ちに応えてくれない。

