今思い返してみれば、初めて久保さんに会った時、私はC組の森崎と名乗った。そしたら久保さんは、「篠田先生のクラスの」と言っていた。クラスを聞いて担任教師と結び付けるのは、少し珍しくはあるけど別に不自然じゃない。でも今思えば、あれは久保さんにとってC組は篠田先生だったからだ。広瀬くんでも、他の誰かでもなくて、C組といったら篠田先生のクラスだったんだ。
それに、科学準備室で久保さんがひとり篠田先生の手伝いをしていたあの時も、久保さんは急いでいたからすぐにいなくなったんじゃない。きっと焦ったんだ。だれか生徒が残って先生と話していてもおかしくはないけど、二人の間には秘密の関係があったから、久保さんはすぐにいなくなったんだ。
「広瀬くんは・・・久保さんから聞いてたの?」
「まあ・・・そんなとこ。あいつが口すべらせただけ」
「久保さん・・・と篠田先生・・・か」
久保さんが去年に比べてさらにきれいになったのは、篠田先生のおかげだったのかもしれない。きれいで、大人っぽい、久保さん。ちょっとおじさん臭いけど、正真正銘大人の、いい年頃の、篠田先生。なんだか二人の姿を想像すると、やけに大人のアダルティなムードに支配されてしまって、変にドキドキした。
どうしよう、本当にドキドキしてきた!私明日からまともに篠田先生の顔見れるかな!広瀬くんはもう半年以上も、普通に毎日あの教室に通っているのに!
「・・・広瀬くん」
「なに」
「あの・・・広瀬くんは、知ってるから・・・何もする気はない、って思ったの?」
私の言葉足らずな説明で、伝わらないかもと思った。広瀬くんは少しの間考える素振りを見せたあと、目を伏せて言った。
「・・・別に。関係ないよ。ずっとそばにいたから、今さらどうする気もないってこと」
ただ、気持ちが消えないだけだよ。
黙ってカフェラテを飲んだ広瀬くんが、そう言った気がした。
