あの子の好きな子




「森崎さん」

やっと立ちあがって、冷静を装っていた私に向かって、久保さんが話しかけてきた。私は久保さんの顔を直視できなくて、変な声で返事をした。

「ごめんね。驚かせて。あのね・・・」
「いい。俺が」

広瀬くんが遮るようにそう言った。俺が、なんだろう。

「・・・もう、帰るところだから。悪かったな、騒いで。じゃあな」

広瀬くんは少し早口でそれだけ言うと、再び私の手を引いてぐんぐんと歩き出した。篠田先生は結局あれから何も口にせず、仲間はずれの子どもみたいにそこにぽつんと立っていた。

まだ展示の半分も見ていないのに、一直線に出口まで行くと、建物を出てからもそのスピードのままどんどん駅への道を進んで行った。その間、広瀬くんの手が私の手首を掴んだままで、本当だったら嬉しくて爆発しそうなのに、残念ながら幸せを噛みしめている暇はなかった。

「・・・広瀬くん」
「もう少し遠くまで行く」
「・・・広瀬くん、あの・・・」
「あとにして」
「や、あの、ちょっと、歩くの早いです・・・」

息が切れてしまった。あのガラスの柱の間からここまで、どれくらいだろうか。ずっと広瀬くんの歩幅での早足について行けるほど、私は体力自慢でもなかった。

「・・・ああ。ごめん」
「ど、どこ行くの?」
「・・・もう少し遠く。お前、のど渇いたか」
「え?うん、まあ」
「どっか入ろう」

それから広瀬くんの手が私の腕から離れて、また歩き出した。今度は私の歩幅で、ゆっくりと歩く。駅を超えて少ししたところにカフェの看板を見つけて、広瀬くんがここでいいと聞くので私は頷いた。それ以外には、会話を交わさなかった。