あの子の好きな子




古い地図が展示されたガラスの柱。その向こうにいる篠田先生らしい人は、こっちには気付いていないみたいだった。それでも私からはその人がはっきりと篠田先生だと認識できて、似た人かもしれないという意識はすぐに消え去った。

「広瀬くん、あれ篠田先生だよね・・・?うそみたい、デートかな・・・」

さっきまでうらやましいなあと見つめていた二人組のうちの一人が、まさか自分のクラスの担任教師だなんて思わない。帽子をかぶった彼女は、細い足に黒いブーツをはいていて、厚手のコートの上からでもスタイルの良さがわかった。篠田先生、恋人いたんだ。

「ねえ、広瀬くん?」
「行くぞ、向こう」
「え?あ、ちょっと待って、彼女も少し見てみた・・・」

見てみたいから。そう言おうとしたのに、息が止まった。それは広瀬くんの私服姿にドキドキしてというさっきまでの理由ではなかった。彼に続いて振り返った彼女の顔を、私はよく知っていたから。

「・・・・・・え?」

私がもし手にペットボトルでも持っていたら床に落としただろうし、水を飲んでいたらせき込んだと思う。

「あゆみ!」

広瀬くんに呼ばれたのに。広瀬くんが私の腕を掴んでいるのに。広瀬くんの声さえ耳に届かなかった。広瀬くんに腕を引っ張られて、バランスを崩して膝から転んだ。

「なんで・・・」
「おい、立てよ、気付かれるだろ!」
「・・・なんで・・・」

どうして広瀬くんはここから立ち去ろうとしているの?どうして広瀬くんは驚かないの?広瀬くんは、知っていたの・・・

「なんで、久保さんがいるの・・・?」