あの子の好きな子




「空海楽しみだね」
「・・・それはいいけど、お前、駅あっちだろ」
「あ?」

夢中で話していたら、いつの間に別れ道に差し掛かっていた。もうここで曲がらないと駅には行けない。広瀬くんはきっと、まっすぐなんだろう。

「あ、そっか」
「じゃあな」
「うん、また・・・」

ふいと力なく手を上げた。広瀬くんは自転車にまたがって、あのキコキコした音を鳴らしてこぎ始めた。まだ、もう少し、話していたかったな。

「・・・・・・」

私は、どうしても広瀬くんの背中を見送りたくなくて、もう一言だけでも話したくて、顔だけでも見たくて、ぐんぐん離れていく広瀬くんを追いかけて叫んだ。

「広瀬くん!」

あのうるさい自転車が、キキっと音をたてて止まった。広瀬くんが振り返って何事かという顔をしていた。私は広瀬くんを呼びとめたくて必死で、ちょっと声のボリュームを無駄に上げ過ぎた。

「・・・なんだよ」

もう少しだけ、一緒にいて下さい!
さすがのハイテンションでもその一言は言えなくて、私は頭をフル回転して言い訳を考えた。

「あの・・・、・・・に、肉まん食べよう!」
「は?」
「ホチキスのお礼!まだしてないから・・・肉まん、買ってあげる!」

ちらっと視界に入ったコンビニの看板と「中華まん」と書かれた旗。広瀬くんが不思議そうな顔をして私を見るから、私はいてもたってもいられなくて、「あんまんでもいいから」と付け足した。

「いやどっちでもいいけど・・・」
「ご、ごめん。いきなり呼びとめて」

広瀬くんはゆっくり自転車を降りて、Uターンして戻って来てくれた。私の真正面まで戻って来ると、じっと私を見た。

「な・・・なに?」
「今思ったんだけど。お前さ」
「え・・・?」

広瀬くんが真剣な顔で私を見つめている。風が一段と冷たく感じたのは、たぶん私の顔が熱くなったからだと思う。