「帰るか」
広瀬くんが言った。それは独り言のようでもあったけど、きっと私に話しかけてくれたらしい雰囲気は感じ取った。日直だから、一緒に日誌を届けに行こう。日直という言い訳を利用してそこまで強引になれた私でも、何の理由もなく一緒に帰ろうというフレーズを言えなかった。だから広瀬くんがそう言ってくれて、嬉しくて胸が膨れ上がって破裂しそうなくらい嬉しかった。
「うん!」
久しぶりにこんなに心から満面の笑みになったぐらいの笑顔で返事をした。そうしたら広瀬くんは、ちょっとおかしそうに笑った気がした。やっぱり広瀬くんは笑うと子供っぽくなってかわいい。
「私、東中央駅なんだけど、広瀬くんは・・・」
途中まで言って自分で気が付いた。広瀬くんは自転車通学じゃないか。これじゃあ一緒に帰ると言っても、自転車置き場までの一瞬の間かもしれない。勝手に気付いて勝手に落ち込んで、会話の途中で口をつぐんでしまった。
「・・・方向的には、駅の方と似たようなもんだから」
広瀬くんがそう言って、眠たそうにあくびをした。
駅の方だから。
駅の方だから、ずっと一緒に帰れるよ。
そう言ってくれたんだよね?
「広瀬くん」
「なんだよ」
「なんでもないや」
広瀬くんの特別な女の子が、今は私じゃなくて構わない。今は二番手でも三番手でも四番手でも五番手でもいいから、いつか一番になりたいっていう夢は見させて。広瀬くんにとって私が何番手でも、私の一等賞は間違いなく広瀬くんだよ。
