「ああ、日直コンビか。悪いなあ、わざわざ」
篠田先生が、頭をぽりぽり掻きながらのんきな声を出した。私は日誌を渡してサインをもらって、広瀬くんに戻ろうと声をかけようとした。広瀬くんは上の空で、篠田先生のことをじっと見ているようだった。
「広瀬くん?」
「え?」
「どうしたの?戻ろうよ」
「ああ」
ああと言ってから、広瀬くんはいつもの広瀬くんに戻っていた。私は教室までの道を戻りながら、考えた。さっきあの瞬間、実験室には、色んな矢印が存在していた。私から広瀬くんへ、広瀬くんから久保さんへ、久保さんからまたどこかへ―――
・・・そういえば、久保さんの好きな人ってどんな人なんだろう。それとももう恋人同士なのかな。この学校の人かなあ。さすがにそれは広瀬くんには聞けない。久保さんからその人への矢印の強さによっては、広瀬くんだって諦めることないかもしれないのに。頑張られるのは絶対いやだけど。
「もう、みんな部活行っちゃったね」
「お前が日誌なんかでもたもたしてるからな」
教室にはもうほとんど人が残っていなくて、3人の女子たちが雑誌を取り囲んでおしゃべりをしているだけだった。私達はようやく帰り支度を始めて、なんとなく妙な沈黙が流れた。
「・・・広瀬くん、もう帰るの?」
「ああ」
「そっか、私も帰る」
「今日は写真部はないのかよ」
「今日は行かない・・・」
私はあの撮影会の日から一度も部活に参加していなかった。辻くんのあの強いノリで言い寄られるのが怖かったから。広瀬くんのことで私にはいっぱいいっぱいで、しばらく頭を休めたかったから。
