購買は、上履きの色を見る限り、1年生で賑わっていた。やたら人数の多い団体客が多く、ああ4月だな、と思った。ようやく箸を貰うことが出来て列を外れると、そのまま1年生グループのあとについて階段を上がった。別に聞くつもりはなかったけどきゃあきゃあと元気な会話が聞こえて来て、なんだか変に歳をとった気分になった。先生といられる貴重な時間を、もっとじっくり過ごしていきたいなあと考えていたとき、1年生の噂話が耳をつんと刺す。
「あっねえねえあとさ、篠田先生って、婚約者いるんだって」
「うっそー、意外」
一瞬、足がどの段を踏んでいるのかわからなくなって、慌てて手すりにつかまった。足元がぐらついて、一瞬、目の前が真っ暗になったような気がした。とにかく歩かなきゃ、それでもっと話を聞かなくちゃと思ってもたつく足で階段を上ったけど、話題は既に他の先生の評価へと移っていた。次第に足が動かなくなって、その1年生グループにもとっくに置いていかれて、階段の真ん中で立ち止まった。通り過ぎる人が不審そうな目で見ているのはわかったけど、とても平常心ではいられなかった。
篠田 先生 に 婚約者?
そんな馬鹿な。だって先生、決めてる人はいないって言ってたし・・・それも、結構前のことだけど。でも、そんないきなり、婚約なんて、絶対ない。きっとなにかの間違いだ。聞き間違いとか、人違いとか、あんな子達の噂話なんて、あてにならないし・・・。
やっとの思いで教室についてからも、その噂のことをとうとう言い出せなかった。篠田先生の名前を出しても特別違和感がないのに、「あ、そうそう、それ聞いた」と言われるのが怖かった。噂が信憑性を帯びるのが怖かった。結局、お弁当もほとんど喉を通らなくて、午後の授業はまるで頭に入らなかった。
そんなはずない。
でも、だけど。
そんな言葉ばかりを繰り返していた。
