また、名前覚えの作業が再開された。私が名簿を持って名字を読みあげたら、先生が名前を答える。先生は勉強ができるわりに覚えが悪いのか、なかなか進まない。だめだなあと言って頭を掻く先生のことを、ただ愛おしいなと思った。
「先生の下の名前、由来は何ですか?」
「ん?さあ、なんだっけな。単に角数がよかったとかじゃなかったかな」
「ふーん・・・私、ゆうっていう字の中で、先生の字が一番好き」
好きな人だからかもしれないけど、私は篠田悠一という名前の字格好や雰囲気までもが好きだった。普段はただの篠田先生だけど、悠一という名前を意識すると、急に一人の男の人になる。
「遥香は?」
「え」
いつもののんびりとした調子を取り戻していた私は、その一言で一気に心臓が飛び出そうになった。本当に、なにかの発作でも起こしたのかと思うくらいに、心臓が大きく動いたのだ。
「由来」
「あ、ああ・・・私は・・・はるかって音は決まってて、あとは好きな漢字をあてたとかって・・・」
先生に遥香と呼ばれたことの動揺で、うまく喋れなかった。先生は、遥香っていう名前の由来は?と聞いただけで、私のことを遥香と呼んだわけではないのに、それがわかっていてもだめだった。動揺を隠したくて、私は早口でまくしたてた。
「はるかってよくいるし、色んな字があるけど・・・季節の春とか、晴れの日の晴れとか。でも、私、自分の名前だけど、遥香っていう字も、結構好き。遥か彼方、みたいな感じがして、なんとなくだけど、好き」
急におしゃべりが下手くそになったみたいだった。私のたどたどしい話を先生はにこにこして聞いていた。私の早口の話が途切れると、ゆったりと一言だけ言った。
「うん。いい名前だね」
