あの子の好きな子




「久保・・・、何してるんだ、ここで」

先生は目を丸くしたまま、私を見下ろした。私は先生の顔を見上げながら、何を言おうかと考えた。むし暑い夏の日の夕方、先生を待ち続けた数時間の忍耐が、今報われた。

「電車に・・・」
「え?」
「電車に、乗ったら・・・先生がいたから・・・ついて来ちゃった」

私はいたずらをした子供みたいに笑った。嘘をついてしまった。ほんとは、何時間も、駅で先生を待ってたの。このまま新学期までさよならするのが嫌で、何か行動を起こしたくて、それだけで先生を待ってたの。

「どうして・・・、声、かけてくれば・・・」
「だって、先生、帰れって言うでしょ」
「だからって、ここまで来て、どうするんだ」

ここに来たあとのことは考えていなかった。でも先生が、準備室から追い出すから。このまま帰ったら、1か月以上も会えないから。こうでもしなきゃ、何にも起きずに苦しい夏休みが始まってしまう。
先生にラインを引かれる悔しさと、手の届かない切なさと、先生を待ち続けた時間のもどかしさと、また学校の外の先生を見れた嬉しさが、いっぺんに押し寄せて、気持ちが高まる。鼻の奥がつんとした。うまく喋れなくて、声がかすれた。

「ねえ、先生。ここ、先生が住んでる街でしょ・・・」
「ああ。そうだけど・・・」
「夏休みだからさ、私、ここに遊びに来ていい?」
「・・・久保」
「うちに行きたいなんて言わないから・・・約束もしなくていいから。今日みたいに、駅で待ってれば・・・偶然、会えるかもしれないよね」
「・・・今日も駅で待ってたのか?」

ああしまったと一瞬思ったけど、そんなことはどうでもよくなるくらい、胸がいっぱいになっていた。冷静になって考えれば、私の言動すべて、必死でひとりよがりで、気味悪がられても仕方なかった。でもその時の私には先生しか見えなくて、ばかになる自分を止められなかった。