その「何か」とは、流花と雪が飲んでいたココアの入った保温ポットだった。かなりの勢いがあったのか、ガラスに当たった衝撃でポットは激しく変形し、蓋が外れ中身のココアがディスプレイやデスクに飛び散り、操作レバーやスイッチ類の隙間に温かく甘い液体が染み込んでゆき、防音ガラスには亀裂が入る。「ああぁ」とディレクターは何度も叫び、慌ててティッシュの箱を鷲掴み、レバーやスイッチ類の隙間にティッシュペーパーを詰め込んでいる――。
歯を鳴らす程に体が小刻みに震えていた。何故、こんな事をしてしまったのか――目の前の光景に、「私ではない別の私がやった事――」と、訳のわからない理屈で自分を納得させる。
いや――この光景も、黙りこくっているプロデューサーなどもう、どうでもいい――万希子さんを探さなければと、叫び続けるディレクターにも構わず私は天井に設置されているカメラの様なモノを睨み、ブースを出た――。
事の顛末はすぐに社長まで伝わるだろう。どんな処分が下されても致し方ない――でも、万希子さんを辞めさせる訳にはいかない。説得が私の最後の仕事になってもいいと、もう腹を括っていた――。



