「私も舞も、後戻りはできないのよ――もう、ね――」
私と真正面から向き合い、礼子さんは覚悟の決まった声で言った――。
何だろう――血の気が失せて意識が遠退く感覚と、補う様に新しく暖かい血液が勢い良く体内に流れ込む感触が交互に繰り返されるこの、冷たくも温かい現象――。
「舞」と、父親やあの男以外の人物に呼び捨てにされた事で得られる親近感の一種なのか、あるいは、私が知らない母親の存在が、礼子さんに重ね合わさって現れる幻影の仕業なのか――私の僅かな心理の変化に礼子さんは反応する。
「私は未婚だし、実は恋愛経験もないに等しい位なのよ――色恋沙汰に縁がなかったのね。エリスと彼がつき合い、結婚してゆく風景は微笑ましく、眩しかったわ――――そしてあなた、舞が産まれた。あの頃の舞に対する二人の溺愛っぷりには驚いたわね。私も幾度か舞を抱き、あやした事もあるのよ――――でも、エリスがいなくなってからは風景が一変してしまった。彼は舞の成長を疎かにしてまで仕事にのめり込み、あり得ない額の資産を築き続けた。私や親族の忠告にも耳を貸さなかったし、やがて私も舞に会う機会を失われたの――」



