アイ・ドール


 後ろの車がクラクションを鳴らす。赤信号で車列の先頭にいた私は、現実の世界に引き戻された――両隣の車線の車達は、とっくに青に変わっていた信号と同時にそれぞれの日常を加速させている――。


 混乱していた――。

 目を覚ますと、9時を少し過ぎていた。自身の身支度と交通事情から逆算すると、約束の時間には何とか間に合う――急いで熱いシャワーで悶々とした思いを洗い流し、化粧を施し、クローゼットの奥に追いやっていたスーツに袖を通して車に乗り込んだ。

 慌ててアクセルペダルを踏み込む――軽くリアタイヤがホイルスピンし、交差点に白煙を残して私の車は自身が落ち着きを取り戻すまで、普段なら出す事のない速度にまでスピードメーターの針は上昇を続けた――。


 いつも駐車する一般駐車場をやり過ごし、役員専用駐車場へと車を進める。そこには、国内外の高級車や、派手な原色のスポーツカーなどが駐車しており、一般駐車場では見られない「上質」な格の車達が整然と並ぶ――。

 空いているスペースに車を停め、役員専用出入口のセキュリティゲートに受付でもらったカードをスキャンさせると認証確認の電子音が鳴った――。