アイ・ドール


 食用の存在としての人間――――生まれ、与えられ、育ち、「食べ頃」に調整され命を終え出荷――――皮を剥ぎ取られ、体は切り刻まれ、食べ易く加工されて捕食者の食卓へ届けられる――。



 子牛、子羊のロースト、フォアグラ、ホルモン、タン、霜降り肉――――数え挙げればきりがない我々を至福へ導き、食欲を満たしてくれる美食の数々――。


 だが、単に置き換えるなら――人間の幼児の肉、肥大化した肝臓、腸、舌、脂肪肉となる――――そう想像した瞬間、それらをただ、美味しい、柔らかい、心地いい風味や食感などと悦に入っていた感情を酸味がかった胃液が否定する様に溶かし、撹拌して私の腹の内部で波打ち、暴れる――。



「うっ――――」

 声が漏れると同時に口元を手で押さえていた。



 何も、生産者を糾弾して否定するものではない――彼らだって手塩にかけて育てた命を「出荷」する時には心が痛み、その度に涙を流す。育てた命と引き換えに自らを存在させる流通した命を「頂く」――――命と命のやり取りの最前線に彼らはいる――植物、穀物を育てる者、海や川の命を頂く者達も、同じ想いを抱いている筈なのだ――――。