「もしもし――」
「井上です――」
私の名前を確認する事もなく、社長は女性にしてはやや低いが、綺麗な声色で名乗った――――社長とは「形」だけの面接の場で顔を合わせていた――。
父に強制的に連れ出されての顔合わせ――。
父と社長は中学校時代から続く親友関係と、面接の場で聞かされた。
長身で細身、見事なプロポーション――高級スーツを完璧に着こなし、肩に僅かにかかる艶やかなブラウン色の髪――美形な顔立ちで、20代後半と言われても疑われる事のない容姿と華麗な雰囲気――。
物事の真偽さえも見通せる様な鋭い視線ながらも、瞳の奥には優しさと憂いを内包している眼――どんよりと濁り、曇った目だった当時の私の前に現れた社長の姿は、女性が望み得る全ての条件を満たした存在として、私の心に強烈な印象を残していた――。
「舞さん、聞こえているかしら――」
「あっ――はい、高樹です――――おはようございます――」
スマートフォンを持つ手が小刻みに震え、声が上ずった。
「おはようございます――――だなんて、ふふっ――少しはこの世界に慣れた証拠かしら――」



