アイ・ドール


 ボディーには無数の引っ掻きキズや凹み跡、フロント、サイド、リアガラスにも亀裂が走り、「脱出」時の壮絶さを物語っている。隣には、ワインレッドとクリスタルブルーの衣を纏った同型のハイブリッドミニヴァンが佇んでいた――。



「こちらが、キーでございます――」


 上品なスーツ姿の男性と、一歩、後方に控えた女性が私に新しい車のキーと書類を手渡す。


「はぁ――」

「社長様から、1ヶ月程前に御注文があり、本日納車するようにと承っておりまして――」


 私の戸惑いを埋める様に、男性は丁寧な声で説明した。


『新車だ、新車っ――』

 はしゃぐモカとモコ。



「詩織、どっちにする――」


 詩織を呼び、左の手のひらに2つのスマートキーを置き、差し出した――どちらが、どの色の車のキーなのかは私もわからない――。



「ええと――」

 少し迷って手に取ったスマートキーのボタンを詩織は2台の車に向けて押した――――ワインレッドの車のウエルカムランプが点灯する。


「やったね――こっちに乗りたかったんだ――」


 車に駆け寄る詩織――ノーズからドアミラーへと指を這わせる。