若葉はクロッカスを出ると、もう泣くまいと、顔を上げ、1つ深呼吸をした。

見上げた空は梅雨にも関わらず雲1つない青空で、吸い込む空気の中には遠くから漂う揚げ物屋さんの匂いがした。

ゆっくりと振り返ると、クロッカスの全員が一列に並んで、思い思いの表情でこちらを見つめていた。誠吾くんに至っては、声をあげて泣き、タオルで何度も涙を拭っていた。

つられてしまいそうになるけれど、必死に心を奮い立たせた。どうしてもちゃんと伝えなければならない思いがあったから。

「みなさん…。短い間でしたが…………本当に………みんなと…出会えて……よかったって、思います。……ありがとうございました!!」

ありがとうは、ありがとうなんかじゃ、とても足りなくて……。

有り余った感謝は、やっぱり涙を作り、ぼたぼたとコンクリートへと落ちていった。

もう2度会えない訳でも、すごく離れた場所へ行く訳でもないのに、「ただいま」と言って帰ってくる場所が変わるだけで、こんなにも寂しくてたまらない。

格好悪くうずくまって泣きじゃくりたいほど、別れに耐える2本の脚は既に限界で、今にも脱力しそうだった。

「若葉、顔上げろよ」

頭上から聞こえた琢磨くんの声に、懸命に涙を拭ってから応えた。

いつも強気な琢磨くんの表情は怒っているかのようで、だけど感情を堪えているということはすぐに分かる。

「俺は……若葉がしょうもないガキの頃の話を笑わないで聞いてくれたことがすごく……嬉しかった。健太と一緒に笑い話に出来るようになったのは……若葉のおかげだから。……ありがとな」

言い終えると同時に差し出された両手は、いとも簡単に若葉を包んで琢磨くんの堅い胸の中へ導かれた。

「ぜってぇにまた来いよ?ずっと待ってる」

耳元で呟かれた言葉。苦しいほど抱き締められて返事が出来ない代わりに、何度も何度も頷いた。

名残惜しく離れると、今度は恭平さんが若葉の目の前に立った。

この人があの時に声をかけてくれなければ、この先2度と現れない奇跡のような出会いもなかった。
若葉は言い尽くしようのない有り難さを瞳に宿し、真っ直ぐに恭平さんを見上げた。