ついうっかり感傷に浸ってしまっていると、店内へ近付く足音と床の軋む音が聞こえてきた。

振り返れば桐谷さんが暖簾をくぐって現れたかと思えば、次々にギターやベースを抱えた誠吾くん達もやってきた。

「あー……あー……」

真っ直ぐにステージへと上がり、マイクチェックをし始めた恭平さんに声をかけようとすれば、最後に現れたオーナーさんに肩を掴まれた。

「若葉ちゃんはこっちよ」

そう言ってオーナーさんは手近にあった椅子をステージの真ん前に2つ並べた。その1つに腰掛けたオーナーさんは、ぽんぽんと空いた椅子を叩いて、若葉に座るように促した。

目をぱちくりさせながら若葉が大人しく座ると共に、スタンバイが完了したのかアンプから弦を弾く音が飛び出し、店内をビリビリと駆け抜けた。

少しの間を置いて、その場足踏みをしたり、そわそわと体を揺らしたりと恭平さん独特のスタンドマイクの構え方をしながら、マイクを通して話し出した。

「えー……、今日の特別ゲスト雪村若葉ちゃん。今日はクロッカス初出しの新曲をプレゼントします。みんなで歌詞とメロディーを考えました。俺達の気持ち、どうぞ聞いてください。……『the language of flowers』」

◇◆◇◆◇◆◇◆

曲が終わると1人分の拍手だけが鳴った。オーナーさんのものだ。

若葉は瞬きすることなく、ただ目の端から涙を静かに流し続けた。

歌詞の中で、若葉と思わせる女の子が男の子に花言葉を贈り、その男の子は女の子に約束をプレゼントしていた。

"君が悲しいときは僕が必ず笑わせに行くよ"

枯れそうだった男の子は、花言葉の活性剤を振りかけられ、再び力強く太い根を這ったのだ。

思い出を物語るような優しい旋律の中で、芽生えた確かな情緒が少しずつ重低音として重なり、最後は満開の花のように壮大なメロディーが若葉の耳を、胸を激しく揺さぶった。

まさしくクロッカスの5人がくれた答えだった。

そこでようやく心からクロッカスを後にすることの未練が絶たれた。

背中を押してくれたのは、他でもない達成感に満ちた目の前の5人と、「お疲れ様」と言って隣で頭を撫でてくれているオーナーさんのおかげだ。