花屋の朝は早い。
ものすごく手が荒れる。
機械で薔薇の棘を取るための作業はものすごく痛い。
花が好きだけで出来る仕事じゃない。
それを花屋で働き始めて身を持って痛感した。そもそも花に興味がなかった自分にとっては心が折れそうなことばかりだった。
それでも逃げ出さずに続けられたのは、悠一さんや千春さんの人柄の良さと若葉ちゃんの可愛さのおかげだった。感謝を仕事で返さずにはいられなかった。
なにより魚が水を得たかのように、自分の居場所を与えてもらえたことで今までにないくらい活き活きとした生活が出来ていた。
自分が自分らしく振舞えること。
自分のことを「俺」ではなく「私」と言えるようになったこと。
綺麗なものを素直に綺麗と言えるようになったこと。
千春さんみたいになりたいと憧れるようになったこと。
それを考えれば、仕事の辛さも自分が成長できる意味になっている気さえする。その恵まれた環境の中で明らかになってきたのは、自分の学力のなさ。
そして芽生えた思いは、学校に行きたいという単純なものだった。
ここから在学中の高校へと通うとなれば、店の手伝いが閉店までの数時間だけになるだろう。それではただの居候に成り下がってしまう。ただでさえ知識がない役立たずだというのに、そんな我が侭を言うのは気が引けた。
自分というものを高めたいという思い、それを実現するには一層の迷惑をかけることになってしまうこと。そんな2つの迷いを傾かないシーソーに乗せたまま、いつも通りに店番をしていると店の入り口から声が聞こえた。
「こんなところにいたのか、伊織」
顔を上げて、声の持ち主を確認すれば1ヶ月ぶりくらいに見る父親の姿があった。
「ジジィ…」
考えないようにしていた、実家のこと。
押し付けられる普通の息子像の固定観念が息苦しくて、素行が悪くなった元凶。
遠ざけていた問題が、音も立てずに目の前に現れた。
