緊張からか脚にオモリがついた錯覚に囚われながらも、なんとか3人が待つソファーの間のテーブルの脇まで歩みを進めた。

お爺様を目の前にすると、自分が笑っているのか困っているのか、どんな表情なのか分からない。とりあえず視界が閉じられるギリギリまで目を細めていることは分かる。

「まずは紹介をします。こちらは大島グループで第一秘書をされている大島豊さん。隣にいらっしゃるのは、息子さんの健太さんです」

名前を紹介すると、さすが手馴れた仕草で名刺を差し出す2人。お爺様は座ったまま、片手で受け取るとまじまじと名刺を眺めた。

その隙を見計らって、ふっと一瞬肩の力を抜いた。

「……若葉、お前がどうしてもというから貴重な時間を割いて来たんだ。さっさと済まさんか」

振り向きざまに刺さったお爺様の鋭い睨みはみぞおちにまともに入り、思わず息を呑む。

もう引き伸ばすのは、ダメかもしれない。
お爺様を目の前にすると、脳内は無に等しくなる。

そのとき、緊張感に占拠され静まっていた室内にノックの音が響いた。

神の助けと言わんばかりのタイミングに思わず扉に駆け出したくなる衝動を、必死で堪え平静を装って歩み寄った。

ドアノブを引く前に向こう側から扉が角度をつけた。

「失礼します、遠坂伊織です」

初めて知ったフルネーム、初めて聞いた大人の声の響きに、ついうっかり鼓動が飛び跳ねた。

それと同じくしてオーナーさんは室内の異様な組み合わせを見て、体を硬直させた。

「若葉ちゃん、これは……」

オーナーさんは大島グループを訪問する若葉に同行してくれる約束をしてくれていた。だけどそれだけでは、話が終わればオーナーさんはまたすぐに行方をくらますに決まっている。

それならば、今日ここで。全てのことを完結させたかった。
お爺様の存在に肝が冷えようと、強引に連れ戻されようと、オーナーさんのしてきたことを肯定するために、またクロッカスのオーナーに戻ってもらうために。

自分の恐れなど取るに足らなかった。
それくらいオーナーさんに感謝しているから。
大好きだから。