琢磨くんの心配は現実になった。
数日経っても、オーナーさんは店に一度も現れなかったのだ。立ち退きの話はなくなり通常通りに戻ったけれど、店内もリビングもいつもよりずっと空気は重く、くすんで見えた。

ポッカリと大きな穴が開いたような胸の空洞の深さに、オーナーさんの存在の重要さを今さらながら実感した。

例えこの間まで出張中だったとしても、不在の理由でこうも心持ちが違う。

いつまで続くのか、もしかしたら2度と……、そう思うのは若葉だけではなく他のみんなも同じのようで、暗黙の了解と言わんばかりにオーナーさんの話にはあえて触れないようにしていた。それでも、

「もうすぐ梅雨だから棚とか窓際の装飾も変えねぇとなー」

「あぁ、それはいつもオーナーが…あっ……」


「ねぇねぇ、かなめん。そろそろ3段のアフタヌーンティセット買い換えたいなぁ!」

「食器類の買い付けは……」

「そう……だったね、あは……」

どこもかしこもオーナーさんの心配りと、こだわりが息づいているクロッカス。気をつけていても、やはりオーナーさんは、クロッカスのオーナー。会話の中に現れては、みんなで表情を暗くした。

「ふぅー……あと少し」

若葉は丁寧に花壇の花の植え替えをしながら、オーナーさんとの出会いを思い出していた。

「初めて声を聞いたときは男の人だと思ったっけ…」

オーナーさんは今思えば、初めから若葉の正体に気づいていた。

両親が花屋だと言ったとき。
好きな花はクロッカスだと言ったとき。
あの切ない表情はお父さんとお母さんのことを思い出していたんだろう。

だからあんなにもすんなりと若葉を受け入れてくれたのだ。不自然すぎるくらいに。

ずっと不思議だった疑問の絡まりは、リボンを解くようにスルスルとほどけていく。

このままでいいはずはない。
今こそオーナーさんを笑わせたい。
居場所をくれたオーナーさんや、帰りを今か今かと待つみんなのために。