鮫島さんはおもむろに未だに床に座ったままの健太さんの元へと歩み寄った。そしてゆっくりと健太さんの腕を掴み勢いよく引っ張りあげ立ち上がらせると、健太さんの頭の上に手の平を乗せた。
「…こんなみっともない俺でも、お前は心配してくれていたんだな。悠一達に電話をしてくれたお前は純粋に優しい子だ。何も悪くない。今までずっとお前を追い詰めて…本当にすまなかった」
俯いた健太さんの背中しか見えないけれど、雨粒のように床に水滴が降った。健太さんの頭を撫で続ける鮫島さんの表情からは、親の愛情が滲み出ていた。目にはもう野心の灯火は見えなかった。
「…お前の涙でやっと目が覚めたよ。俺は…家柄や環境も関係なく、ただ一心に千春自身にぶつかっていける悠一が羨ましかっただけだったんだと。2人から逃げたのは、俺なのに…それをずっと認められずにいたんだ。……寂しかった。いらないと言われるのが怖かった。…悠一たちは変わらず俺の心配を最後の時までしてくれてたっていうのにな……」
鮫島さんは健太さんの頭から手を離すと、クロッカスのみんながいる方向へ体を向けた。
「…みなさん。みなさんにはとんでないことをしてしまいました。1人の男として、父親として謝らせてください」
今までにない程、真摯な口調で話した鮫島さんが素早く両膝を床につけ、頭を下ろそうとしたその時、
「健太の父ちゃん、謝んなよ」
制止の言葉を投げ込んだのは腕組みする琢磨くんだ。それに続くように桐谷さんが言う。
「謝罪されれば、何もなかったことになります。僕らは痛みがあったからこそ今ここにいるんです」
「そっ!まぁ、そんなことより、そんなあんたを一番近くで見守り続けてくれた人に何か言った方がいいんじゃないすか?ねっ?」
恭平さんが目配せした相手は、部屋の隅に立ち、両手で口を隠してポロポロ涙を流していた奈緒子先生だ。
「…奈緒子」
会社のための結婚とはいえ、奈緒子さんがひたむきに鮫島さんを想っていたことは、先ほど外部の人に連絡をしようとした鮫島さんを止めたときになんとなく察することが出来た。
「ここからまた始めましょう?豊さん、健太くん」
優しく微笑んだ奈緒子先生が首を傾けると、また雫が目の端からツーっと流れた。
許すことって、最上級の愛の形なのかもしれない。
その証拠に、今の奈緒子先生はずっとずっと綺麗に見えた。