◆◇◆◇◆◇◆◇

「みんなとドッヂボールしないの?」

ある日の昼休み。教室で1人読書をしていると、先生が話しかけてきた。いじめられているのか心配でもしているのだろうかと思った恵介は、本から視線を外さずに短く答えた。

「間違って突き指したくないだけです。友達は分かってくれてます」

可愛げない言い方をすれば、空気の気まずさに耐え切れず退散してくれるだろうと思ったけれど、先生は前の席にトスンと座った。

「そっかぁ…痛いもんね。突き指」

「…別に、痛いからじゃないです。…包丁握れなくなるから」

「えっ!包丁!?誰か刺すの!?」

…どうしたらそういう思考になるかな。

恵介は少し恥ずかしい気持ちになりながら、先生の反応にある程度身構えつつ、手を大事にする理由を打ち明けた。

「…料理するから」

そう言うと、沈黙が流れた。校庭で遊ぶ生徒の声が窓から入ってくるだけで、正面から返答は返ってこない。不思議に思った恵介は、やっと初めて先生と目を合わせてみる。

先生は目を見開いて、口は開けっ放しだった。そして、やっと言葉を発した先生は予想だにしなかったことを言った。

「橘先生!私に料理を教えてください!」

机にパタンと本が倒れる。今度は恵介の表情が驚きに固まった。