慣性の法則により、若葉の体は前のめりになって宙に浮きそうになる。それと同時に恭平さんの左腕が若葉の体の前にスッと伸びてきた。

恭平さんの強張った腕は見た目よりも逞しく、容易に若葉の体を支えた。……にもかかわらず、若葉の口からは苦悶の声が上がった。

「い゙っ!!!」

その間、猫は何事もなかったかのようにピョンっとジャンプすると垣根を掻き分けて姿を隠した。

「ごめんっ!?……大丈夫か?どっかぶつけた?」

「い、いえ!ごめんなさい!大丈夫です!」

上手く笑えてるといい。

若葉は内心、しまったっと後悔していた。恭平さんにはもう悲しい顔をさせたくない。
……なかったのに……。

「え……なんだよ?それ……。ちょっ……ごめん。見せて」

「ホントにっ!!なんでもないんです。だいじょ……」

「俺、若葉ちゃんの言う『大丈夫』ってイライラするわ」

苛立ちを見せた恭平さんは、抵抗する若葉の右肩をなんなく押さえつけて、ポロシャツの襟元を引っ張り、少々荒く左肩口をさらけ出した。

若葉の左肩は大きな楕円状の痛々しい痣が濃い青紫色に染まっていた。

またもや車内は気まずい沈黙が続く。


「これ……さっきか?」

若葉はサッと服を直しながら、笑って答える。

「……違いますよ?これは……自分の不注意で……」

「俺、もしかしてキャニスターで若葉ちゃんのこと……」

「違います!私が自分で飛び出して……あっ、じゃなくて……!」

事実とは違う恭平さんの見解に慌てて訂正を入れたものの、バカ正直に話してしまった。

誤魔化すことも、嘘をつくこともヘタクソなのは承知だけれど、パニックになると益々頭が真っ白になってしまった。