憂鬱なる王子に愛を捧ぐ


千秋は、ふと、顔をあたしの方に向けた。
なのにそれもすぐに戻して歩みを止めようとはしなかった。

これって、無視?
引き留めたくて思わず伸びした指の先が小さく震える。

『ちーちゃん』

あたしは、まだ小学生の時、千秋をそう呼んでいた。
それを千秋は酷く嫌がっていた気がする。そもそも、千秋は自分の名前をあまり気に入ってはいなかったのだ。

『おれはおとこなのに、なんでちあきなんだよ』

頬をいっぱいに膨らませながら、おばさんにぶーぶーと文句を垂れていたことが鮮明に蘇った。

『あら、似合うじゃない』

よく女の子に間違われていた千秋に、おばさんはいつもニコヤカにそう返していた。その度に千秋は機嫌を損ねていたっけ。そして、これまた女の子のようなあだ名で呼ぶあたしにいっつも怒っていた。

それでも。声を掛ければ、千秋はどんなに嫌な顔をしても必ず振り返ってくれたのだ。

『ちーちゃん、待って』

『なんだよ、真知。ちーちゃんって呼ぶな』

そう言って、必ず、振り返ってくれたのだ。