「逃げてく人影を見たってのも捜査を撹乱させるための嘘。それに──」
「動機は?」
「あ?」
あまりにぽつんと漏れた声色で、一瞬何を言われたかわからなかった。
樋山は顔を上げて、もう一度
「俺が鹿沢を殺さなきゃならん動機はなんだ?」
と、挑戦的に言った。
……何だこいつ
炯斗は樋山を正面から睨む。
大人しく座っていた頃の樋山はどこへ行ったか、ふんぞり返って余裕の笑みさえ浮かべて見せる樋山は、別人のように居座っている。
「何で羽田なんぞに協力しなきゃならん? そもそも俺が手伝ったという証拠は? あるはずがない! 何せ俺は何もしていない!」
辺りは、樋山の変貌に驚いていた。
無口で自分の趣味に没頭して、他には何も興味がない。
そんな風に見えていた男が、突然叫びだしたのだ。おかしな自信と怒りを添えて喚いている。
今までなりを潜めていた厨房の人間も、受け取り口から目だけをのぞかせて見ている。
そのとき、炯斗の耳に終幕を予告する小さな音が響く。
あ、という声が上がり数名がそちらを向く。
にやりと不敵に笑って炯斗はたたきつけるように言った。
「ホラ来たぜ。あんたの犯行を100%証明できる人間がよ!!」
そして羽田と恵、言乃の三人が食堂の入り口に、姿を現した。


